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歯っぴいトーク4

 今回のはっぴいトークはスズキ(株)の鈴木修会長に仕事・健康・歯科のことについてお話しをお伺いしました。元気あふれる話し声がとても印象的でした。聞き手は浜松市歯科医師会の清水博子さんです。

鈴木 修(すずきおさむ)会長

 昭和5年1月30日生まれ
 出身地 岐阜県
 昭和33年4月入社
 昭和38年11月28日取締役
 昭和42年12月28日常務取締役
 昭和48年11月28日専務取締役
 昭和53年6月28日取締役社長
 平成12年6月29日会長
 叙勲 勲二等旭日重光章(平成12年5月)
 褒章 藍綬褒章(昭和62年11月)

昨年は勲二等旭日重光章を叙勲なされましておめでとうございます。

ありがとうございます。

また昨年、スズキも 80 周年を迎えられまして重ねておめでとうございます。

ありがとうございます。

さっそくですが会長のモットーとされていることがあればお聞かせください。

モットーなんてモットも(笑)らしいものはないのですが、日頃いつも言っていることは、「机の上で考えるな」ということでして、考えながら自ら行動しろということです。我々物作りの会社なので、物を作ることに対して、いろいろな商品を企画するとか設計するとかもあるんですが、基本は、本当に物を作るというやる気があるかないかということなんです。実行しながら考え、考えながら実行しろという考え方でやっています。だから軌道修正もありうるし、朝令暮改もありうると常に社員に話して長ます。人間は実行力がないとだめです。


このような大規模な会社になるまでにはさまざまな節目があったと思うのですが、特に心に残るエピソードはありますか?

私がスズキに入ったのは四十三年前ですが当時会社は社員千人、売上高は年五十七億円ほどでした。そして私が社長になったのは二十三年前で社員は八千六百人売上高二千五百億。現在はスズキグループ全体で社員三万人、売上高は一兆六千億になりました。数字だけ見ると順調に見えますが実際は波乱万丈だったと思うんですよ。会社がひょっとするとひょっとするんじゃないかというようなことも二〜三度ありましたし。節目となったのは一九七三年にはじまったオイルショックでした。一九六〇年代は高度成長に乗って問題点があっても比較的うまく吸収してあまり顕在化しなかった。しかし、オイルショックの時代は右肩上がりで成長してきた中での問題点が一気に顕在化してきました。もう一つの節目となったのは九十年代のバブルの崩壊。八十年代後半のバブル期に順調に成長してきたのがバブルの崩壊によって問題点が顕在化しました。それでもオイルショックの時は比較的うまく問題点を吸収できたし、バブルの崩壊の時もあまり重大な影響は受けませんでした。その理由はというと二つあるんですが、一つは物作りという商売がら愚直だということ。汗と油にまみれてこつこつ一つずつ物を作って行くという愚直さが、安易に苦労もせず汗もかかずに伝票にただ0を増やすバブル式金儲け主義から遠ざけたのではないか。
バブルの崩壊で影響を受けた業種は、証券・金融・不動産・ゼネコンだとかいう一発勝負的なもので、物作りでない分野がやたらと伝票の0をふやして汗をかかなかったということでしょう。物作りの業界でも、本業以外に絵を買ったりゴルフ場を作ったり不動産を買ったりしたところは潰れましたよ。まあ平均して浮ついたことがなかったのが良かったんでしょう。
二つ目の理由は、「つき」や「運」があったということです。人間や会社には「つき」がありまして、「つき」がないとうまくいかないのではないかと思うんです。麻雀でもそうですが「つき」も実力のうちといいますけどね。まあ振り返ると瞬間的には苦しいときもありました。一日に東京へ三回行った事も有りましたし。それでも十年十五年と長い目で見れば会社も成長したから、全体から見てやりがいがあって楽しく仕事が出来たと思います。

私たち開業医と違って、三万人もの人を雇用していますがどんな点に気を使われてますか。

従業員三万人抱えてますとやっぱり雇用の安定が一番なんですよね。経営者として一番重要なことは、売上を伸ばすということと利益を出すということと雇用の安定ということと地域社会に貢献するということなんです。私、寄付や公職お断りと言ってますがそれは何故かと言いますと、奉仕の精神だとか社会に貢献するとか言ってる暇があったら、自分の社業に専念して会社を成長させ売上を増やし利益を増やし雇用を促進するということなんですよ。
社会に尽くすために利益をあげて税金を納めるんですよ。そうゆう私ちょっと意固地なとこがあるんですよ。(笑)それでも正直なところ寄付も年間一億以上になっちゃうし、公私も断わり切れず最小限にしているのですが…。スズキの場合、下請けさんもいれると五万や十万人にもなるんです。ということは浜松の地域に密着して根づいているということで、物事を決めるのも社会的拘束力を受けながらやらざるを得ない。そのなかで雇用の安定が一番重要ということです。そのためには赤字にならない、赤字にならないためには売上を増やす、売上が増えて利益を出す。売上が減って黒字がでるのはだめです。歯医者さんでも新規の患者さんが増えて利益が出たほうがいいでしょう。それで売上を増やすためにどんなことを考えたかというと私たち、自動車メーカーとしては後発でしたから日本国内はどこを切っても金太郎飴状態でA社が 1位ですから、「狭い日本、こんなとこより外へ行こう」ということで何処でもいいから売上 No. 1の国を作ろうということで、パキスタンそしてインドへ進出して、パキスタンやインドでは政府と合弁会社をつくり年々売上を増やし No. 1になりました。さらにハンガリーでも1位になりました。ここでさっきの「つき」の話ですが、本当はユーゴスラビアに進出が決まってたのがひょんなことで中止になったわけですが、その後で戦争ですから「運」が良かった訳です。どこかで No. 1を取ると他の市場でも評価が高くなる。つまり、A国・B国などでも他のメーカーよりスズキの車の方を買おうじゃないかということになる。歯科の方でも評価が上がれば来院数が増えるのと同じではないですか。
後発だったが売上を伸ばせた。するとそれを見たGMが小さな車を作るのはスズキはうまいから提携しないかと誘ってきた。さらに今度日産さんに軽自動車を提供することになった。マツダさんにも提供しているから、軽自動車を扱う自動車メーカー7社のうち3社がメイドインハママツの車を販売することになる。

ありがとうございました。良くわかりました。次の質問ですが、スズキのホームページを拝見いたしましていろいろな分野で活躍されているのがわかりましたが、その中で「小さく・少なく・軽く・短く・美しく」スズキのモノづくりの考え方であると同時に環境問題に取り組む基本でもあります、と書かれていますがお話ししてもらえますか。

簡単なんですよ。私たちスモールイズビューティフルで、小さな車を作ってますから。私たちは五十五万円の車を作ってますが、仮に五五〇万円の車に比べると売値は十分の一ですが利益は二十分の一になるんですよ。だからそういう点で一つ一つの部品をより小さく・少なく・軽く・短くして行こう。工場の建物や設備も小さくして行こう。また、工場の中の環境も美しくして行こうということなんですよ。小さな車を作るときは、徹底的にコストを切り詰めないといけないんです。それから「列島クリーンキャンペーン」をとおして地域の環境美化にも貢献しています。

良くわかりました。それでは質問の内容を変えさせて頂きます。健康の事に関してですが、三ヶ月に一度、定期検診をされていると伺ったのですが、ご自分なりの健康法とか、お口の方の定期検診・かかりつけの歯科医院のこととかお聞かせください。

私は健康にはあまり留意していないんですが、三ヶ月に一回は必ず検診に行っています。今の人間というのは、医学が進歩したので血液や尿を取れば大体の数値や内容が判りますので、三ヶ月に一度は診てもらってます。そして一年に一回は人間ドックに入って精密検査を受けてます。こうしてみるとしっかり管理をしているようですが、実は私あまり健康管理はしてないんですよ。暴飲暴食で一年で五百回ぐらいは飲んでいる。何で一年が三六五日で五百回というと、昼のパーティーに出て夜も出席すると五百回になっちゃうんですよ。朝から飲むときも有りますし。それで、肉も好きで肉ばかり食べている。それでも健康でいる秘訣というのは「くよくよせず良く寝る」ということなんでしょうね。酒を飲むのは睡眠薬代わりですぐ寝てしまう。三六五日中三六四日はバタンキューですよ。(笑)新幹線に乗ったら掛川につくまでには寝てしまう。東京からだと新横浜に着く前にはもう寝ている。それでも天竜川の橋を渡る音で眼がさめて、決して寝過ごすことはないですよ。まあ何事もくよくよせず自然体で行くことですね。
歯の方ですが、昔は街中の歯医者さんにいってたんですが仕事がだんだん忙しくなると通院する時間がない。それでうちの工場長に小山君という人がいて、今度息子が開業するのでよろしくお願いしますということで、「それでは 10 年たったらお世話になるよ」と言ったんですよ。歯科医院が私の自宅に近いので今お世話になってるわけですが、そこで8020の大切さを熱心に言われて、「歯が噛めなければ体も良くならない歯の検査もやるべきだ」ということで、全社に指令を出しまして 45 歳以上は歯の検査も受けることにしたんです。実際工場には検診率を貼り出してありまして、部課長クラスは一〇〇%です。「誕生月には人間ドックに行きなさい、検診しないと部課長の職を解く」と言ってありますから。(笑)私自身も昭和四十五年から東京の癌研で毎年1週間入院して精密検査をうけたんですが、ある年先生に、「お尻から入れる検査を毎年やるより、タバコをやめれば三年に一回で良い」と言われまして、そんなに体に良くないのかと思いタバコをやめました。 55 歳のときでした。当時はハイライトを毎日 80 本吸ってましたから。社員にも癌が続きまして、それで定期検診を受けるようにしたんです。

歯科に対して何か要望はありますか。

昔は歯医者さんと言うと1時間待たされて治療が5分などと言われてましたが、今は予約制になって忙しい私たちには大変助かっています。
特に言う事もありませんが、ただ、人の生命を預かっているお仕事ですから我々の健康の監視役、指導役として治療にあたって頂きたい。これだけです。
また、一般の人も歯に対する危険の認識はまだ薄く、歯も肉体の一部でありそれが胃や心臓や腎臓に繋がっていると考える認識をもって治療を受けるべきだと思っています。

貴重なお時間、長い間本当にありがとうございました。最後に浜松市民にメッセージが有りましたらお願いします。

とにかく健康第一ということ。そう思いながら医者や歯医者に定期的に行ってないのが現実なので、健康第一と思うなら医者の門を叩きなさいよということ。机の上ではああだこうだ言っても実際には行ってない、医者嫌い、言行不一致はだめですよ。どうもありがとございました。またうちの社員がお世話になりますからどうぞよろしく。

インタビューを終えて

会長の柔和な笑顔の中の、ビジネスの話をなさる時の鋭い眼の輝きに魅せられました。それが会長の人生すべてを物語っているように悟りました。会長のように、年齢を重ねてもキラキラと瑞々しく、自分の人生に悔いがなかったと自信をもっていえるような人間になるべく、常に目的をもっていかなくてはとあらためて痛感いたしました。会長にお目にかかり、インタビューをさせていただいたことで心深くにマグマが燃え始めました。人を感動させることほど難しいことはありません。


浜松歯科医師会

清水博子

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